ブログコンセプト

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このブログは、僕が一方的にたわ言を吐き散らかしていくのではなく、ブログを読んでくれた人やたまたま通りすがっただけの誰かのコメントとのやり取りをメインコンテンツとしたブログです。

そのような変わった形にした理由は、ブログのネタがないから人と話をしてみたいからです。

普段自分が思ったり考えたり、感じたりすることには自ずから限界があります。そしてそれは、どこまでいっても自分の枠を出たものではありえません。

人との対話の中で目が啓かれることは多々あると思うのですが、僕の場合、人との接点が実生活の中で一切ありません。たまに図書館のおばちゃんに本を借りてお礼を言って帰ってくるくらいです。

(どんだけ孤独をこじらせてんだよ…っていう自己紹介も読んでいただければ幸いです)

なので、ネット上で誰かとお話がしたいと思いました。

ブログのカテゴリとしてはわかりやすく「人間関係の悩み相談」とか「恋愛相談」、「人生相談」といったふうに分けていますが、「こうするといいでしょう」とか「そんな男とは別れなさい」とか、そんな大きなお世話でしかない上からアドバイスはしませんし、できるはずもありません。

そもそもが僕自身があまりにも数多くの問題を抱えすぎていて、それでパニクりすぎたあまりこんなブログを作ってしまうようなかわいそうな人間です。

ですのでいわゆる「あなたのお悩みをズバッと解決します!」的なお悩み相談ブログではありません。

言ってしまえば「悩み相談」を餌にして、その実ただ自分が人とお話したいだけの、コミュニケーションを目的としたブログです。

ですので、なんでもいいのでお話してください。

人と話したことがなさすぎて、自分でも自分が人と何を話せるのかはっきり言ってわかりません。

でも「どうせこいつにこんなこと相談しても無駄だろ」とあきらめずに、とりあえずでいいからお話してみてください。

もしかしたら何か少しでも役に立てることを言えるかもしれないじゃないですか。

とにかくこれだけは言いたいんですが、話もしてみる前から僕のことを諦めないで、もうちょっとがんばってみてください(震え声)。

あるいは残念ながら相談してくれた人の悩みの解決やヒントにはなれないかもしれませんが、たまたま読んでくれた他の人にとっては何かヒントになることがあるかもしれません。

それはわかりません。すべては未知の可能性です。ぜんぜんダメかもしれません。

誰にとっても何の必要性も役に立つ価値も提供できず、一切の需要がないクソブログのまま消滅する可能性もありますし、そうとなればさっさといろいろ諦めてDIVE TO HEAVEN田舎に帰るまでです。

それも含めて、とりあえずやってみないとわかりません。

とにかく、何事もものは試し、「馬鹿と鋏は使いよう」という言葉もあります。

使われ方によっては僕も少しくらいは誰かの役に立つこともできるのではないか、というかそうだと思いたい、自分だって少しくらいは誰かの役に立ちたいし、生きている価値があると思いたい、そんな気持ちでこのブログを作りました。

どうせ匿名なんだし、騙されたと思って何でもお話してください。

悩み事の相談でもいいし、たまたま思いついた革命的な発見や偉大な思想の研究発表の場にしてもらってもかまいません。僕はそれをありがたく拝聴させていただきます。

案の定僕が何の役にも立てなかったとしても、別に失うものなんてコメントをするのに費やした時間だけだと思いますし、軽い気持ちでなんでもぶちまけてもらえればと思います。

死にたいくらいつらい悩みでも姑への憎しみでも、なんでもけっこうです。

僕が何らかの下心(相談に乗ってあげるふりをしつつ、友達がほしいとかあわよくばかわいい女の子と付き合いたいとか)でこんなわけのわかんないバカ丸出しのことを始めたんじゃないか?

と思う人がもしいるなら、信じてくれるかはともかくそんな気はこれっぽっちもないので安心してほしいです。

そんな積極性あるくらいならこんな面倒なことしてないで普通にリアルで探してますし、僕にはそんな気は一切ありません。

友達とか恋人とか家族とか、誰かと個人的に親密になりたいという願望自体がありません。

むしろそれがどういう関係であろうと、個人的に親密な関係というのは積極的に避けたいとさえ思っています。

だからこそこういう仮にも公開の場でのやりとりという形を選んだのですが、それでももしモニター越しにでも誰かと本音でお話ができたら、それはめちゃくちゃうれしいです。

できるかどうかはわかりませんが、そうできたらいいな、と思ってとりあえず始めてみました。

プライバシーの配慮について…なんて言うほど大げさなことはなにもないと思いますが、やりとりの公開を前提としている以上、誰にも打ち明けたくないし秘密にしたい、絶対公開したりしないでほしい、という内容は送らないでください。

匿名であっても特殊なケースで自分を特定されてしまう可能性が高いというのであれば、そこらへんはもちろん適当にぼかすなりフェイクを入れるなり、極端なことを言えばそもそも最初からまったくのつくり話であってもなにも問題ありません。

「嘘は嘘であると見抜ける人でないと、ネットを使うのは難しい」という聖徳太子のお言葉が今日まで伝えられていますが、このブログは別に信ぴょう性や信頼性が問題となるようなニュースサイトでもなんでもないので、嘘でも本当でもまったく問題ありません。

極論それが本当かどうかなんて誰にもわからないし、お互いに相手の顔も知らないし名前も知らない。でも、だからこそ話せる本当のこと(ときには嘘を交えたり嘘をつくことによって言い表したい本当のこと)というのもあるのではないかと僕は思っています。

いや、何らかの意図や作為(主に悪意)のもとにデマを書かれても困るしそういうことではないんですけど、伝わって!この説明するのはめんどくさいんだけどわかってほしい熱い気持ちを!

相手が実際どんな人間かなんてわからないけど、会うこともないし顔も知らない相手だからこそ言えることとか話せることもあると思うのです(もちろんあることないこと言いふらすとか人を貶めるような悪口を言うとかではなく)

僕みたいにリアルで人と関わることがない(できない)人間にとって、ネットのそういう部分は救いです。

考えてみれば皮肉な話ですが、顔を接して付き合っていても、相手が本当は何を考えて生きているのかまるでわからないような関係ってわりとありふれているのではないでしょうか(人によってはその相手が家族や友人、恋人のような近しい存在であることもあると思います)。

普通の人はそういうもんだと割り切っているのかもしれないし、本心や本音を打ち明けあえる親しい友人や家族がいるから別にいいのかもしれませんが、僕にはそういう相手もいません。だから、顔の見えないネットでこそ、たまに誰かの本心が垣間見えたり、あるいは誰かがそれを見せてくれたと感じられるとき、ものすごく救われたような気持ちになります。

ちょっと抽象的すぎて何を言ってるのかわけわかめな感じになってしまいましたが、とにかく実際に取り上げてお返事できるかどうかは別として、取り上げられることを前提として了解した上でコメントしていただければと思いますm(_ _)m

こういうやり方で、ネットのような場所でしか人と関わることができない、本音で関わることができないというのは、もしかしたら悲しいことなのかもしれません。間違ったことなのかもしれません。

でもそうだとしても、僕にはそれしかできません。ネットがなかったら、リアルで人と関わることも、まともに生きていくこともできない自分は、多分本当に死ぬしかないと思います。

世界の隅っこでもいい、ネットの片隅の場末みたいな場所でいいから、自分にも居場所がほしい。

ここでなら自分も生きていていいんだと思える居場所がほしい。自分も生きていていいんだと思いたい。

本当は自分だって少しでも誰かの役に立ちたい。

…あれ?なんか急に未成年の主張みたいな痛々しい感じになっちゃったんですけど、とにかくそこでなら自分も人と関わることもできるし、本音で話し合うこともできる、そんな場所がほしいと思いました。

僕には他に居場所がないので、そうする以外にありません。でももし、たまにでいいからふらりと立ち寄ってお話してくれる人がいてくれたらうれしいと思います。

願わくば少しでも誰かの役に立ちたい…という気持ちだけは自分にもあるんですが、やっぱり自分は誰の役にも立てないままあえなく撃沈、絶望を深めてブログごと自分の存在を削除、みたいな可能性もぜんぜん普通にありえますので、あまり重く考えずにお気軽にコメントいただければうれしいです。

もろもろご理解とご了承の上、お気軽になんでもお話してもらえれば幸福の極み乙女です。どうぞよろしくお願いします。

まつたけ

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