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意識ばかり高く、自分への期待や理想と現実のギャップが苦しい

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「自意識過剰すぎてしんどい」というご相談をいただきました。

一瞬「おっ!」と思ったというか、「自意識過剰だったら負けないぞ!?」というわけのわからない自意識がキングコブラの鎌首のように頭をもたげたりもしましたが、どうやら続きを読むと今回ご相談いただいた「自意識」の種類は僕が苦しんだそれとはだいぶ趣を異にするものであるようです。

要するに相談者さんのいう「自意識過剰」というのは「過度な自分への期待」とか「意識の高さ」、「理想ばかりが高すぎる」という悩みのようでした。

言葉って、同じ言葉を使っても人によってそもそも意味しているところが違ったりして難しいですよね。

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過度な自分への期待や肥大化した自意識が苦しい

初めまして、今回新しくブログを開設されたということで、早速拝見しに参りました。既に幾つかの記事やコメントも読ませていただき、似たような悩みを抱える人が他にもいらっしゃるのだと思うとほっとしました。そこで、返信いただけるかどうかは別としても、私も悩みをひとつ相談させていただこうかな…と思い、コメントさせていただきました。前置きが長くてすみません。
私の悩みは「自意識過剰すぎてしんどい」ということです。

いつも何かしら悩んだり落ち込んでいるのですが、共通して自意識過剰すぎる故にそうなってしまっている気がするのです。例えば、「新しいことを始めたはいいものの周りについていけず、自分のできなさに落ち込み、それに参加するのが嫌になってしまう」という悩みも、結局「始めたばかりでも周りにすぐ馴染んで作業も効率よくこなせて必要とされる自分」みたいな理想を理想でコーティングした理想像があって、それと現実とのギャップに苦しんでいるのだと自分では思っています(分かりづらい例しかあげられずすみません)。

こういう、過度な自分への期待をどうにもやめられず、勝手に焦って勝手に疲弊して勝手にミスして勝手に落ち込む、とても身勝手な意識だけ高い人間であることが嫌です。それさえも「自分は身勝手な人間ではないはずだ」という自分への期待のように感じます。というより最早、自分ではどこまでが適切でどこからが過剰なのか、区別さえできない状態です。自意識過剰、自分への過度な期待、それがかえって自分を追い詰めるように感じる、現実とのギャップに(身勝手にも)苦しむ等々…を、まつたけさんはどう捉えどう解釈なさるのだろう…と思い、相談させていただきました。こんな恥ずかしい悩みはありませんが…本当に、周りの人からも「なんでも自分で出来ると思い込みすぎ」と言われ、意識だけバカみたいに高くてうまく人に頼ることもできない自分を痛感しました。逆に「それはあなたが真面目すぎるからだよ」とも言われましたが、そんないいように褒めていただいても自意識が過剰になるだけだと思って素直に聞けません(自分が真面目とは到底思えませんし…)。

こんなことですが、もしお話のネタになれば幸いです。私も数年前からまつたけさんのツイートを読ませていただだいており、本当に辛いときも心の支えになってくださいました(こんなことを言うとまつたけさんはお困りになるかもしれませんが、決して大げさな表現ではないと思います)。まつたけさんの選ぶことばや文章のセンスが好きで、最近はブログも楽しく読ませていただいています。もっと読みやすい文章が書ければよかったのですがこのような乱文で申し訳ありません。これからもTwitterやブログの更新を心待ちにしております。失礼いたします。

椛(かば)さん、メッセージありがとうございました。

自意識過剰って人目が気になって苦しいアレかと思った

僕は自意識過剰というと、人目が気になって学校や職場の休み時間も安らげない、電車に乗ったり駅の人混みの中にいるとつらくて苦しくて死にたいしか考えられなくなる、ついには外出することすらできなくなってひたすら部屋に閉じこもるしかなくなる…というアレかと思いました。

そんな奴いるはずないと思いますか?ここにいます。僕はそれで学校をやめました。

なので、「自意識過剰なら俺に任せろ!」くらいのつもりで読んでいたのですが(まあ考えてみれば自意識過剰で人一倍悩んでる奴が自意識過剰の相談に乗るのはおかしいんですけど)、椛(かば)さんのおっしゃる「自意識過剰」は、「人目が気になる」とか「視線恐怖」とかじゃなくて、いわゆる「意識の高さ」みたいなことなのかと思いました。

そうなるとだいぶ話は変わってくる…というか、僕くらい意識の低い人間もなかなかいないと思うので、意識の高さゆえの悩みみたいなものにどこまでちゃんと答えられるかまったく自信がありません。ただ、

理想を理想でコーティングした理想像があって、それと現実とのギャップに苦しんでいるのだと自分では思っています

ということなので、要するに自分に期待する理想が現実離れして高すぎて、おまけにプライドまで高過ぎるもんだから人に頼ることもせず、自分の身に余るタスクを抱え込んだものの結局抱えきれなくなって破綻。でも破綻したという現実も受け入れることができず、落ち込んでそのまま離脱してドロップアウトしてしまう…みたいな感じでしょうか?

本当に問題になっているのはどこなのかをきちんと見極めることが大事

全体的に話がごちゃごちゃしてわかりづらいので、問題を切り分ける必要があります。たとえばですが僕なんかだとこんな感じにざっくりと切り分けました。

1,自分に期待する理想が現実離れして高すぎる

2,人に頼ることをしない

3,自分が勝手に苦しんでいるだけなのか、人にまで迷惑をかけているのか?

4,「できない」、「ついていけない」、「思い通りに行かない」となったらすぐ落ち込んで投げ出す

結局本当に問題になっているのはどこなのか?何が悪いのか?ということをきちんと見極めることが大事かと思います。

全部が全部悪いことではないかもしれません。それなのに勝手に自分で(他の誰も気にしてないのに)問題視してしまっているだけかもしれません。そのことを客観的に把握できればその瞬間に消滅するような思い込みでしかない悩みの可能性もあります

まずはそのあたりをきちんと見極めてみるといいような気がします。たとえば、

私の悩みは「自意識過剰すぎてしんどい」ということです。

と仰られていますが、椛(かば)さんのおっしゃる「自意識過剰」というのは「意識が高い(高すぎる)」、「理想が高い(高すぎる)」という意味なのかと僕には読めたのですが、意識の高さや理想が高いことは本当に悪いことなのでしょうか。

意識高い人

意識の高さや理想が高いことは本当に悪いことなのか?

もちろん「高すぎる」ということになってしまえば、過ぎたるは及ばざるが如しということにもなってしまいますが、そもそも何を判断基準にして「高すぎる」と判断されているのかということです。

僕が思うにはですが、「意識が高い」、「自分に期待したり要求する水準が高い」、「理想が高い」ということはそもそも問題ではない気がします。というかむしろ、それは考えようによっては人間の偉大な美徳であり長所ですらあるのではないでしょうか。

普通世間一般に言われる「向上心」とか、デカルトだったら「高邁の精神」だとか、ご自身の中のそれ自体を問題であるかのように見なしてしまうことはおそらくは間違っている上に、その間違いはかなり悲しい間違いのような気がします。

といって、椛(かば)さんがそのことで悩まれていることを否定しているわけでももちろんありません。要は本当の問題はそこじゃないんじゃないの?ってことです。

自分が困っているだけなのか、そのことで人に迷惑をかけているのか

たとえばですがメッセージを拝読させていただいて僕が気になったのは、椛(かば)さんはご自分がそのようにあることで、一人で勝手に苦しんでいるだけなのか、それとも周りの人にまで迷惑をかけてしまっているのだろうか、ということです。

そこまでのご説明はなかったので想像するしかない部分もあるのですが、おそらくはそういった周りの人についてのご説明がなかったことも含めて、ご自身の苦しい気持ちでいっぱいいっぱいになってしまっているため、まわりにまで配慮している余裕がない可能性もなきにしもあらずなのかなという気がしました。

たとえばですが、具体例は一切なかったので僕の方で勝手な例を出させていただきますが、椛(かば)さんが山奥にひとりで篭って暮らしている陶芸家か何かで、自分が気に入った作品ができたときだけ山を降りて作品を売って暮らしている…とかそういうことであれば、自分に期待する要求や理想が高いということは、必ずしも悪いことではないし、むしろ芸術家としては望まれるべき才能ですらあると思います。

しかし、そうではなく普通に会社勤めか何かをされていて、自分はできるはずだと仕事を引き受け、引き受けてはみたもののこなせず、しかも早い段階で人に頼ることもしなかったためにかえって会社全体が損害を被った…とかってことになってしまうと問題ですよね。

もちろん今のはわかりやすいように両極端の例を出しただけですが、それくらい要はケース・バイ・ケースだということです。

安易に自分を全否定することは「改善する気がない」ということ

それに、後者の場合であっても、僕は必ずしも意識の高さや理想の高さ自体が諸悪の根源だとは思いません。むしろ率先して仕事を引き受けるとか、新しいことを始めてみるとか、何かに挑戦するということは、僕は個人的には好ましい資質ではないかと思っています。

おそらくですが、椛(かば)さんにとっての問題はむしろその先にあるのではないかという印象を受けました。ご自身は

過度な自分への期待をどうにもやめられず、勝手に焦って勝手に疲弊して勝手にミスして勝手に落ち込む、とても身勝手な意識だけ高い人間であることが嫌です。

と分析されていますが、これだとはっきりいってほぼ全否定ですよね(笑)何もかもが全部悪いみたいな言い方になってて、これって謙虚なようでいて実は何一つ改善する気のない丸投げに近いというか、「本当に自分にとって改善すべき問題点はどこなのか?」ということはきちんと見極めたほうがいいような気がします。

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高い理想を夢見る資格があるのは現実を見据えられる人だけ

もちろんそれが実際にできるのは椛(かば)さんだけなので僕にはわかりません。だから例え話くらいに聞いてほしいのですが、僕の印象ではおそらく椛(かば)さんの問題の根っこは意識や理想が高いことではなく、その結果として当然生じてくるギャップや歪(ひずみ)にはきちんと目を向けて受け入れようとせず、どうにもならなくなったら逃げて落ち込むとか、そっちのほうなんじゃないかという気がしました。

それも単に自分の趣味やこだわりでやっている分にはまったく構わないと思うのですが、まわりの人にまで実はそのことで迷惑をかけてしまっているようだと、単に自分の気持ち一つの問題ではなく、いろいろな問題が生じてきてしまうのではないでしょうか。

意識の高さや理想が高いことは何ら間違ったことではないし、むしろ長所ですらあるというのが僕の考えです。ただ、それが長所であるのは、自分自身の意識や理想の高さを責任をもって引き受けられる人間にとってだけです。

理想が高ければ、それだけ現実との間で間隙(ギャップ)や歪(ひずみ)が生まれるのは当然のことです。本来大事なのはそこで生じてきたギャップや歪を埋めたり修正していく作業なわけですが、一番しんどくて一番肝心なそこには取り組もうとせず、単に理想のおいしいとこだけ夢見てよだれを垂らしたいというのでは、いざギャップが生じてきてちょっとしんどくなってきたら「考えてたのと違う」といって逃げ出すことしかできません。

そんなことしていれば落ち込んでしまうのも人として当然なのかなという気もします。

「おいしいとこしか見たくない」は理想ではなくただの妄想

「おいしいとこしか味わいたくない」、「現実的な泥臭い部分に目を向ける気はない」というような根性は、理想の高さでもなんでもありません。むしろそんなものは本当の理想から最も縁遠いものですらあります。それは理想ではなく妄想と呼ばれます。

理想は、決して理想通りなんかではありえない現実の中で、それでもそれを実現していく意志によって支えられているときにのみ理想でありえます。理想を夢見るだけならどんな人にもできますが、それを現実の中で実現していく作業は誰にとっても決していいことばかりの甘いものではありません。

それができる人は本当の意味で「意識の高さ」や高い理想という志に生きている人だけだと思います。僕はそういう人はとてもかっこいいと思って尊敬しています。

口先だけの「意識の高さ」はダサいけど本当に意識高い人はかっこいい

「意識高い」なんていうと、最近では「恥ずかしいやつ」くらいの感じで揶揄されがちですが、僕はそういう風潮自体は嫌いです。でも、「意識の高さ」を揶揄したくなる人の気持ちは僕にもすごくよくわかる気がします。

それは、揶揄したくなるような「意識の高さ」というのが要は本当に意識が高いわけでもなんでもなく、ただの口先野郎というか、現実的に何一つ成し遂げていないくせに、でかい口ばかり叩いてるような奴らばっかりだからだと思います。

それでは「ダサい」とか「みっともない」と言われてもしょうがないような気もします。

でも、本当に意識の高い人というのは、誰に笑われようとバカにされようとそれでくじけたりせず、甘い理想だけ見て勝手に挫折したりするでもなく、黙々と自分のなすべきことをなし、淡々とやり遂げるべきことをやり遂げ続けて前に進んでいく人だと思います。

僕はそういう人はすごくかっこいいと思うし、そういう人の「意識の高さ」までバカにして笑っているような奴らこそ、どうしようもなくつまらないゴミクズみたいな人間だと思います。

所詮他人事なのに大きなお世話かもしれませんが、椛(かば)さんがそういう本当の意味で「意識や理想の高い」かっこいい人になってくれたらいいのではないかと思いました。

本当の問題は意識が高いことではなく現実を受けとめていないこと

とにかく、僕に言えるのは「意識の高さ」や「理想の高さ」自体を悪いことや問題であるかのようにいうのは非常に残念で悲しいことだということです。

本来美徳ですらあるはずの「意識の高さ」を勝手に自分の問題だと決めつけてしまうことこそ問題です。そして「あって当然の理想と現実のギャップを受け入れて、淡々とそれを埋めるための作業をする」ということを怠っておいて、「理想と現実にギャップがあったからうまくいかない」と言って投げ出してしまうことこそ本当の問題なのではないでしょうか。

「人に頼らない」というのも必ずしも悪いこととは思いませんが、その結果として本来やれたはずのことまでできないとか、結果的にかえって人様にも迷惑をかけてしまっている、ということになってしまうと、それも要するに「自分一人では力不足で、誰かに助けてもらう必要がある」という現実をきちんと見ていないだけだと思います。

要は、本当の問題は、意識が高いことでも高い理想ばかりを見ていることでもなく、現実を見ていないことなのではないでしょうか。高い理想を志す資格があるのは、きちんと現実を見据えられる人だけです。そしてそれこそが本当の意識の高さということだと思います。

意識の高さや理想の高さを恥じたりする必要はない

…すいません、なんか椛(かば)さんの意識の高さに釣られて(?)僕まで全体的に意識高い人みたいな生意気な口を叩いてしまった気がします。それこそ本当に意識高い人が言うならいいんですが、僕みたいな意識高いどころかそもそもまともな人間としての意識があるのかどうかも怪しいまさに意識不明のアホキノコに言われると、さぞかしムカつかれてしまったのではないかと思います。

ていうか、多分読み返したら僕自身吐くか自分を殺すかしたくなると思うので今回はあえて読み返さずにこのままお返事とさせていただきます。

役立てていただけるとは思いませんが、とにかくご自身の意識の高さや理想が高いこと自体を恥じたり、何か問題であるかのように見なしてしまう必要はないのではないか、ということだけ最後にもう一度お伝えさせていただきたいと思います。メッセージありがとうございました。

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メッセージ

  1. より:

    まつたけさん、お返事ありがとうございます。生意気だなんてとんでもないです、はっきり言ってくださってとても嬉しいです。自分の中で悩んでいるとどうしても逃げたり甘えたりしてしまうので、厳しいお言葉を頂いて現実に向き合おうと思えました。

    それと、読み返してやはり支離滅裂な文章だったな…と思いました。言葉も間違えていましたね、すみません。人に「自意識過剰」と言われたのでずっとその言葉を使っていたのですが、確かにおっしゃる通り意味が違いました。もちろん本来の、まつたけさんの仰っている自意識過剰で悩んでいる方はその程度に差はあれど大勢いると思いますし私もその一人ですので、それはそれでいつかまつたけさんにお話ししていただきたいテーマだなあと思いました。
    私は高校生でまだ仕事のことはよく分からないんですが、具体的にまつたけさんがあげられていた例(会社全体が被害を被る…というもの)を読んで、そうならないように今から少しずつ変えていきたいと思いました。
    こんな分かりづらい、答えづらい相談に乗ってくださり本当にありがとうございました。

    • まつたけ より:

      椛さん、ご丁寧にお返事ありがとうございます!m(_ _)m

      そっかー、まだお若い方だったんですねー、
      それならもうちょっと内容も変わってたかも…

      と思ってたら返信が長くなってしまったので、急遽もう一記事書いてしましましたw

      あまり思い詰めずに少しずつで大丈夫なんじゃないかなーと思います。

      ご丁寧にありがとうございました!

      http://sinitai.net/risou-wakasa/

  2. ガリア より:

    初めまして、ガリアと申します。
    現実を見ていないことが問題、現実を見ることが高い理想を持つ事の資格であるというまつたけさんのお言葉が心に沁みました。
    私も椛さんと同じ高校生で、読んでいて非常に共感するものがありました。
    実は1時間くらい前から
    もう嫌になっていっそ死んでやろうかとベストな自殺の方法を調べると同時に
    自分の甘い部分や逃げを掘り下げて生きてくしかないかなとネットで調べていたらここにたどり着きました。
    まだ問題(らしきもの)への解決の1歩も踏み出してませんが、まだ自分はもっとやれるという感覚が湧いてます。
    ありがとうございました(*- -)(*_ _)

  3. けー より:

    こんばんわ。
    思い描く理想ばかりが高く、成長できない日々に嫌気が差してこのブログにたどり着きました。

    主さんの言うように、現実を受けとめ、ギャップを埋めるべく10年近く様々な思考や技術の訓練を行ってきたのですが、同じ時期から始めたはずの周りの人間がきちんと成果を出すのを横目に、考え方や技術もあの時から何も変わっていない自分が本当に嫌で情けないのです。

    どんな思考を持てば道が開けていくのでしょうか

    よくパートナーに「自分に期待しすぎだよ!」と言われるのですが、自分の可能性に希望を持てないなら生きてる楽しみがありません。
    そして最近は、埋まらないギャップばかりが気になってしまい、大切なパートナーとの関係もギクシャクし続けています

    気が晴れる日々を送ってみたいです。