まつたけの自己紹介

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いえいえ、あっしなんぞ、名乗るような者ではございやせん…

というのが本音なんですが、こんなブログを作っておいてどんな奴かもわからないのでは、誰もお話をしてくれたり相談してくれるどころではないと思うので、がんばって書いてみます。

はじめましての人ははじめまして。まつたけと申します。

これでも生まれたときは人間だったような気もするのですが、人間に向いていなさすぎたのと、性格が暗く、じめじめとした日陰者だったため、気づいたときには見ての通りのキノコになっていました。

まつたけ

率直に言って、そのことをつらいと思ったり我が身を呪ったことはありません。

むしろ人として生きていくことの種々様々な悲しみや苦しみを思えば、世界の片隅でただひとり(一本?)ひっそりと生えているだけのキノコであることは、気楽なことでさえあると思います。

自分ではシャイな一面はあるものの、基本的には悪いやつではないし、意外といいところもあると思っているのですが、そう思っているのはどうやら自分だけらしく、友達もいなければ恋人もいません(笑)(笑)(笑)(死)。

また、ほしいと思ったこともありません。こういうことを言うと強がっているのだと思われそうですが、誰かと近しい距離で親密に関わることの煩わしさを思うと、本当にほしいとは思えないのです。

無論人間だった頃は自分にも親兄弟もいれば、友と呼んでくれた人や、多少なりと好ましく感じていた人たちもいた気がします。

しかしながら、両親からは暴力と虐待、生涯にわたって決して癒えない心の傷をプレゼントしてもらいました。

友と呼んでくれた人たちは、あるいは僕を憎むようになり、あるいはいつの間にかいなくなっていました。

好ましく感じていた人たちは、あるいは若くして病気で亡くなり、あるいは若くして自らの命を絶ちました。

ひとりになって思うことは、どうせ自分など最初からひとりなのだから、それならはじめからずっとひとりでいたほうがいいということです。

以前ほど熱心ではありませんが、ツイッターをやっています。

https://twitter.com/denpanohikari

まったく熱心ではありませんが、以前はここでブログも書いていました。

まつたけのブログ

ブログに関しては完全に失敗したと思っていて、それは暇にまかせてどうでもいいことを書きすぎたということです。

本当に書きたいことなんて、そんなにたくさんあるわけではない気がします(少なくとも僕はそうです)。

これはブログを始めたばかりの頃に書いた記事ですが、結局本当に言いたいことなんて、このくらいで言い尽くしてしまっているような気もします。

人生の9割が親で決まるんだったら僕は今すぐ自殺する

というか、一言で言ってしまえば「しあわせになりたい」ということに尽きてしまいます。

でもそれは、実は多かれ少なかれ人はみなそうなのではないでしょうか?

もちろん自分はそうは思わないとか、自分はすでにしあわせだという幸運な人も中にはいると思いますが、むしろそういう人のほうが少数派な気がします(そして多分そんな人ははじめからこんなブログを読んでない)。

少なくとも僕自身は、残念ながら胸を張って「自分はしあわせである」とは言えない人間です。

むしろ物心ついてからずっと、心にいくつもの塞がらない穴や癒えない傷を抱え、毎日を寂しさと虚しさ、もっと正直に言ってしまえば、死にたさや自殺念慮の中で喘ぎながら生きている人間、というかキノコです。

今となってはそれが当たり前の状態になりすぎてしまって、特別なことだとも少しも思わないし、慣れてしまいました。

実際そんなことは、特別でもなんでもないのだと思います。

多かれ少なかれ人はみなそうやって生きているのではないでしょうか?

「いや、俺は違う」という人も当然いるでしょうが、そういう人とはお互いに縁がないだけです。

僕はこのブログを通じて、願わくばたくさんの人の、いろんな人の心の声を聞かせてほしいと思っています。

もちろん人はみな違いますし、まして自分ほどどうしようもない人間はめったにいないと思います。

ですからよくも悪くも、なにか相談してくれる人がいたとしても、「お前はここが悪いんだ」とか、「こうすればいいんだ」とか、快刀乱麻を断つように人や物事をズバリと切る、というようなことはできない(ししたくない)と思います。

そんな人間になにかを話したり、ましてや相談なんてすることになにか意味があるのか?と思われてしまいそうですが、はっきり言ってそれは実際そのとおりだと思います。

そしてそう思う人にとっては実際なにも意味のあることなんて言えない気がします。

しかし、どうしようもない人間のただの屁理屈か負け犬の遠吠えかもしれませんが、人一倍不器用で頭が悪く、心が弱く傷つきやすく、しかも性格まで悪く、心根の汚さを見透かされてか友達も恋人も家族もいない、そんな絶望的な人間はある意味では稀有ではないでしょうか?

まあ仮に稀有だとしてもそんなことで稀有になってどうするということは自分でも思いますが、言い出した手前引っ込みもつかないのでここはこのまま勢いで乗り切ろうと思います。

自分自身が優秀で頭がよく、悩みや問題とは無縁な人間というのは、得てして人の悩みや問題にも無関心で無頓着ということがいえます。

いや、ほんとにそうかはわからないんですが、便宜上そういうことにしておいたほうが都合よく話を進められるのでそういうことにしてください。

だからあなたにとっては重大な悩みや問題であっても、ときには死にたいくらいにつらかったり苦しんでいるような悩みや問題であっても、そういう人たちはいともたやすく「そんなことで悩むのはお前がおかしい、頭が悪い」とか、「クヨクヨ悩んだってしかたないんだからもっと明るく前向きに考えろ」などというのです。

(しつこいようですが本当にそうかはともかくそういうことにして聞いてください)

結局、悩みとか問題というのは、言ってしまえばそれ自体に固有の重大さとか深刻度みたいなものはないのです。

だから「悩んでたってしかたないんだから~云々」というアドバイスはある意味では常に正しい。

でも、相談した人が、そんな誰にでもその程度のことは言えるようなごく当たり前の「正論」をアドバイスされたところで少しも救われないし楽になれないなら、そんな正論だのアドバイスだのにこそ意味なんてないし、言ってもしかたのないたわ言と変わらないのではないでしょうか。

そして、事実そんな陳腐な通り一遍の正論やきれいごとでは救われたり楽になんてなれない悩みや問題だからこそ、ときには死にたいと思いつめるほどにつらかったり苦しんだりもするのではないでしょうか。

結局、人はみな違います。僕は僕だし、あなたはあなた、あの人はあの人。

そして、誰だろうと所詮どこまでいっても人のことは他人事です。

あなた自身に固有の悩みや問題を、わが事として代わりに悩んだり苦しんだり、あわよくば代わりに解決してくれる、そんなご都合主義的なスーパーヒーロー(という名のスケープゴート)は、多分ですがどこにもいません。

無論僕とて、「私はこれまでに人一倍、ありとあらゆることで苦悩してきました。だからあなたの悩みや苦しみもわがことのようにわかるのです!」なんてことは言いません。

ましてや「私がこれまでに流してきた涙、味わってきた悔しさや屈辱、死にたいほどの孤独と絶望…それに比べればあなたの悩みなんてゴミみたいなものです」みたいなことは言うはずないし思いません。

というか、もしそんなことを言う人間の言葉を信じたり救われたような気持ちになってしまうのだとしたら、変な宗教にハマってしまわないように気をつけてほしいと思います。大きなお世話かもしれませんが。

とっちらかってきてしまったのでそろそろまとめます。

さんざん友達がいないだの、ほしいとも思わないだの、ただのぼっちの強がりにしか聞こえないような恥ずかしいことをたくさん言ってきましたが、それは本心のつもりです。

しかし、矛盾するようですが、人と本音で、本心で関わってみたいという想いも強くあります。

(きゃっ!////言っちゃった!////恥ずかしい!!!!////)

程度の差こそあれ、人はみな多かれ少なかれ似たような悩みや問題、心の傷を抱えていると思うのです。

僕にはそれを癒やすことも解決することもおそらくできないし、ただ延々と「自分なんてもっと…」と互いのつらさ苦しさをアピール合戦したり、同情しあうだけの傷の舐め合いをしたり、正直そういうことは考えただけで吐き気がしてしまいます。

でも、誰かが本当に自分の本心や本音で自分の中の何かを打ち明けてくれたとき、僕は理屈でなしに救われたような気持ちになります。自分のほうが、です。

だから同じようにあなたにもそう感じてほしい、なんてことは何様だし口が裂けても言えませんが、本心や本音で話してくれた人に対してくらい、僕もまた本心や本音で返せる人間…じゃなかったキノコでありたいと思います、ていうかもうめんどくせえよこの設定。

なんか、少しでも親しみを持ってもらって気軽にお話してもらおうと思って自己紹介したはずが、かえってドン引きされたりコメントしてもらうハードルを上げてしまったような予感がひしひしとするんですが、せっかく書いてしまった自己紹介なので気づいてないふりでこのまま更新します。

ドン引きしないで最後まで読んでくれたあなた(ドン引きしつつも最後まで読んでくれたあなたも)からのコメントを楽しみにお待ちしています。

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