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気力やエネルギーがなく何をするのもめんどくさい。早く楽になりたい

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高校生のななさんからメッセージをいただきました。

気力やエネルギーがなく、友達作りや部活、おしゃれに積極的に取り組もうという気がしない。何をするのもめんどくさくて、人生を楽しめない。自殺したい、早く楽になりたいと思うが、自殺するほどの気力もない。

行き場も逃げ場もない苦しさと誰にも助けてもらえないと感じる孤独感に悩んでいる。全部救われるほど大きなものが自分の人生にはなく、楽しかったこともすぐに薄れてしまう、といった内容です。

わかりすぎてつらいですね。でも「わかる」とか「それな」しか言えないならせっかくお話してもらった意味がないので、無理やり何かしら言葉を絞り出してみました。

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疲れすぎていて人生を楽しむどころか自殺するエネルギーもない

ななさんからいただいたメッセージの全文です。

多分2年くらい前からまつたけさんをTwitterでフォローさせていただいているものです。
相談と言えるかわからないのですが、まつたけさんに今の気持ちを話してみたいです。
私は今年高校生になりました。まわりの子はみんな友達をつくり、部活にはいり、おしゃれを楽しみ、勉強もそこそこに、高校生活を楽しもうというエネルギーに溢れています。
そんななか私は、友達はお弁当を一緒に食べてくれる子がひとりいればいいや、でもまあいなくてもいいや、部活は時間と体力取られるのが嫌だから帰宅部、お金が無いからおしゃれも必要最低限、勉強は頑張りたいけどなかなかうまくいかないという状態です。
なんだか自分の体力がないばかりに、人生を楽しめている気がしません。体力がないというのは、例えば今日6時間授業を受けて帰りに映画を観て帰っきたのですが、どうにもこうにも、とても眠いです。昨日は12時間!寝ているのですが、いまはお風呂に入るのもご飯を食べるのも面倒で、勉強などする気にもなりません。Twitterしかできません。
でもリアルを充実させたいというわけでもないのです。
まさにこのブログに前の記事で出てきた、「半年ひたすら寝ていたい」状態なのですが、将来のことを考えるとそんなことをしたらすぐに自分が後悔すると思っています。
親にはがんばれしか言われません。がんばるしかないのが現実なんだな、と思います。
でももうすべて投げ出してしまいたいです。忙しかったりすると、いつもこうなります。
もう自殺したい、早く楽になりたいと思うのですが、(極端で冗談みたいですが)死ぬのは痛いしえぐいし苦しいからやだなーとも思います。中途半端に心が疲れてしまっているのか、自殺するほどのエネルギーもありません。いっそもっと心が壊れて頭が狂えば、勢いよく死ねるのに。
私の悩みは、行き場も逃げ場もない苦しさと誰にも助けてもらえないと感じる孤独感だとおもいます。全部救われるほど大きなものが、私の人生にはないんです。楽しかったこともすぐに薄れてしまう。
長々とありふれた話をすみません、今更なんですが、まつたけさんの心の平穏を願ってます。

無駄に気力やエネルギーを消耗しない省エネな生き方とは

ななさん、メッセージありがとうございました。

ありふれた話かどうかは知りませんが、当たり前ですがななさんはこの世にひとりしかいないわけですから、そんなふうに無理に相対化して「ありふれた話」なんて言わなくても大丈夫ですよ。

仮に同じことで悩んでる人間が十億人いようと、自分はひとりだけですから。互いの悩みや苦しみに共感しあうくらいのことはできても、直接相手の悩みや苦しみを感じることはできませんし、自分の苦悩を直接感じてくれる人もいません。

僕は真剣な悩みを聞かせていただけてうれしかったです。不安定な僕のメンタルの心配までしていただいてしまって…お恥ずかしいやらかたじけないやらですが、せめてそのお気持ちに応えるべく言葉をひねり出してみます!

「体力がない」んじゃなくて、ないのは気力や精神的なエネルギー

まず、多分ななさんは病気というわけではなく、少なくとも身体的には健康な高校生の方だと思います。普通、高校生なんていうと、ちょっと年取って自分の人生に限界が見え始めた20代、30代の人間が、「あの頃に戻りたいわい…」とか情けないことを思ってしまうくらい若さと輝きに満ちあふれている時代です。

いえ、そうじゃないななさんはおかしいと言っているのではなく、それくらい若くて健康なはずのななさんが、過酷な運動部に入っているわけでもなく、体力がないから何をするにも面倒で1日に12時間寝ている…なんていうのは、はっきり言ってちょっと考えることができません。

ななさんも先日の別の方とのやり取り、生真面目な人ほど休んでいても心や精神を休ませるのが苦手な件について同じ気持ちだと仰られている通り、実際にななさんにないのは体力ではなくて気力や精神的なエネルギーのほうだと思われます。

「気力や精神的なエネルギーがない」という表現も正確ではなく、要はそれを常に無意識的に悩みや気がかりといった心労で消耗してしまっているため、いざ部活動だおしゃれだ友達付き合いだ勉強だ、となったとき、意識的に活動に向けられる気力や精神的なエネルギーが残っていないということなのではないかと思います。

お腹が空いて力が出ない~!アンパンマン

俺みたいになるなよぉ~!!!!(遺言)

まさにこのブログに前の記事で出てきた、「半年ひたすら寝ていたい」状態なのですが、将来のことを考えるとそんなことをしたらすぐに自分が後悔すると思っています。

難しいところですよね。はっきり言って社会人になったり実家を出たりすると、「半年ひたすら寝て過ごす」なんて贅沢は経済的な事情などで普通はほぼ不可能になるわけで、まだ学生のうちなんていうのはほとんど唯一それが可能な時間でもあります。

ですがななさんも仰る通り、だからといってその環境に甘えているだけではおそらく半年後、やっぱり気力もエネルギーもやりたいこともなく、ただひたすら今の安逸な状態を少しでも長く先延ばしにしたいとしか考えられないゾンビみたいな人間になってしまっているかもしれな…ってすいません、それは完全に僕の話でした…

僕の場合は脛をかじれる親もいないので、ひたすら借金に借金を重ねながら何もしないで半年と言わず何年も寝て暮らしていたのですが、今いよいよそれも限界になって死が近いのを感じています(笑)(笑)(笑ってる場合じゃねえよ)

実はこんなブログを始めたのも、なんか最期にせめて自分にできることは何だろう?ってことを考えたけど無能な自分にできることなんてこれくらいしか思い浮かばなかったからだったりします(笑)(笑)(だから笑ってる場合じゃねえっつーの)

すいません、そんなしょうもない僕の話は死ぬほどどうでもいいんですが、むしろ死ねほどどうでもいいんですが、とにかく僕からななさんのような若い方に言える唯一のことは、「何があっても絶対に僕みたいにはなるなよ!」ってことだけです。

まあそんなもんなりたいはずがないし、普通なろうとしたって現代の日本に生きててここまで身を落とせる人間はそうはいないのでそんなに心配もしていませんが、一応それだけは気をつけていただきたいということはマジで願っています。

「~せねば」で自分で自分を縛ると息苦しくなる

ちょっと僕という極端な実例を出しすぎて、ななさんの不安感や恐怖を必要以上に煽ってしまってなければいいんですが、ななさんはまだ若いのに

将来のことを考えるとそんなことをしたらすぐに自分が後悔する

というふうに考えられる人なので、そんなに心配はしなくても大丈夫です。

ただ、実はここがやっかいなところでもあって、そもそもなぜななさんはそんなに気力や精神的なエネルギー、あるいはななさん言うところの「体力」がないのかという話に密接に関わっていると思っていて、結論から言うと多分、ななさんは自分で自分のことをいましめがちな方なのではないでしょうか?

よく言えば自分を律することができる、易きに流れず、意志の力を奮い立たせてご自分の人生の舵を取っていかねば、と思える人。しかし、やっかいなのはこの「取っていかねば」の「ねば」です。

別に「ねば」といっても納豆や山芋の話をしているわけではありません。「せねばならない」、「しなくてはいけない」、「~すべきだ」という断定的な禁止や命令の話です。

もちろんそれはいたずらに易きに流れて汚いドブや下水道のような場所にしか流れ着かなかった僕のようなクズと比べればはるかに、比べるのも失礼なほど立派なことだと思いますが、しかし、何をするにもいちいち意志の力を奮い立たせて、というのは非常に息切れしやすい、疲れる生き方であるということもいえます。

そうするとどうなるかというと、部活動や勉強、おしゃれといったことはおろか、友達をつくるといった本来多くの人にとって自然なはずのことさえ、疲れてしまって積極的に意識が向かなくなってしまいます。

要するに、これ以上自分の中にエネルギーの消費を許すだけの余裕がありません。パソコンのタスクマネージャー開いたらメモリとかCPUが98%とかありえない数字になってて目ん玉飛び出しそうになるあの感じです(わかりづれえわ!)

いつも「がんばれ!応援してる!」じゃしんどいときもある

親にはがんばれしか言われません。がんばるしかないのが現実なんだな、と思います。

うーん、これもなかなかつらい話ですが、もちろん親御さんのお気持ちとしてはななさんを応援していて…ということなのだと思います。

ただまあ人間いつもいつも応援してもらいたいわけではなく、たまには「いや、今は休ませてくれよ…ていうか俺今42,195キロのフルマラソン完走し終わった直後だぞ?なんでもう一回レースに送り出そうとしてんだよ、今は応援じゃなくて労をねぎらって休ませろや!」って思うこともあると思うのです。

そのせいかどうかはわかりませんが、ななさんはここでも「がんばるしかない」という制限的な思考で自らを窮屈な拘束具の中に閉じ込めてしまっており、一事が万事この調子でご自身の生活に関してのすべてを「やらなくちゃだめだ」、「もっとあれをすべきだ」、「だらだら寝て過ごすべきではない」、「がんばるしかない」etc,etc…とやっていたのでは、そりゃ息苦しいし息切れだって起こしてしまうのは当然だと思います。

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死にたい≒早く楽になりたい

そして息切れした人間が文字通り苦しみに喘ぎながら二言目に発する言葉が、ご存知「もう死にたい(自殺したい)、早く楽になりたい」ということです。このブログの素敵なドメイン(URL)でもあります。

自殺するほどのエネルギーもありません。

というのがいいことなのか悪いことなのかは何とも言えませんが、実際うつ病の患者さんなんかはうつが底を打った状態からようやく回復の兆しを見せ始め、多少明るさや元気を取り戻したくらいのタイミングで自殺してしまうことが非常に多いようです。

ただ生ける屍のように、ひたすら苦しみに喘ぎながら「死ねない…死ねない…」と呻きながらいたずらに日々を送るだけの人生が尊いものだとは思いませんし(何のホラー映画ですかそれは)、「われわれは生きてさえいれば尊いのだ」みたいな言葉だか思想だかも正直おためごかしとしか思えませんが、といって「潔く自殺することこそ気高い」なんてことも少しも思いません。

無論、しないのですむであれば、ななさんにも自殺なんてしてほしくはありません。もちろんするとなったら僕ごときに何を言われる筋合いでもなくしちゃうんでしょうが、これはあくまで単に僕の気持ちです。

根の深い苦悩ほど時間をかけて自然寛解を待つしかない

私の悩みは、行き場も逃げ場もない苦しさと誰にも助けてもらえないと感じる孤独感だとおもいます。全部救われるほど大きなものが、私の人生にはないんです。楽しかったこともすぐに薄れてしまう。

ななさんが感じられているのであろう息苦しさや閉塞感は、いただいたメッセージの文面からも非常によく伝わってきます。「全部救われるほど大きなものが」ほしいという気持ちも死ぬほどよくわかる気でいます(ほんとにそんなものがどこかにあるのかは別として)

楽しいこともまったくないといえば嘘になるけど、それでもやっぱりいつも感じている苦しさの前には焼け石の水のように蒸発して消えていってしまう。それもすごくよくわかる気がします。

しかし、残念ながらこういった根の深い苦しみほど、即効性のある特効薬なんてものがありません。唯一持てる希望は、ただひたすら日々をしのぎながら、少しずつ少しずつ、自然寛解を待つということだけのような気がします。

エネルギー不足からくるやる気のなさをどうするか

というわけで最後に、このままではあまりにも絶望的で煮え切らない役に立たない話しかしていないので、直接苦悩の解消にはつながりませんが、どうしたら自然寛解のための時間を稼ぐことができるのか、願わくば途中で自らの命を断つようなことなく日々をしのげるのか、という実際的なアイディアを話してみます。

役立つかどうかはわかりません。役立ててもらえたらうれしいですが。

いろいろ悩みが深いせいで焦点がぼやけがちですが、ななさんにとって当面の問題は、要するに「無気力、気怠い、面倒、疲れた、何もやる気がしない」といったことに尽きるのではないかと思います。

無気力を気力を振り絞って克服するのは無理がある

どうすれば多少なりとそれを改善なり解消なりできるのか?おそらくここで今までななさんが取られてきた対処法というのは、「いや、こんなことじゃだめだ、将来がダメになる、しっかりしなきゃ、やらなきゃ、がんばるしかない!」と無い気力を奮い起こし、無理くりにでもやるしかない!という感じでなんとかかんとか対処されてきたのではないかと思います。

当然疲労が抜ける暇などあるはずがなく、むしろ一方的に蓄積していく一方です。蓄積した疲労は一定量を超えると許容量の器をあふれ出し、こぼれた疲労は「死にたい」、「もうどうでもいいから早く楽になりたい」という思考となって僕たちに苦しみと限界を訴えます

この事態さえも気力を振り絞って乗り越えようというのはさすがにもう不可能ではないでしょうか?ポッキリ折れてしまうだけです。そうなる前になんとかしたいところです。

でも単純に寝て過ごしていても未来は真っ暗でよけい思い詰めてしまう…となれば(僕に思いつく)残された方法は一つです。「極力気力を消費したり意志の力に頼るのではなく、単に習慣に任せてしまう」ということです。

気力を使わなくてもできる習慣を少しずつ拡大していく

ほら、ななさんも、

いまはお風呂に入るのもご飯を食べるのも面倒で、勉強などする気にもなりません。Twitterしかできません。

とおっしゃっている通り、まあ「ご飯を食べるのも面倒」って相当末期的な症状だな、おい、って思って改めて不安になったりはしつつも、それでもめんどくさいから1週間お風呂入らないとか、「あー、そういえば3ヶ月食事してないわー」とか、そういうことはないと思うんです。

ツイッターならできるっていうのも、ツイッターが極端に何かをすることへのハードルが低くて、せいぜい短文を読んだりふぁぼったり、自分の今の気持ちをつぶやくだけだからですよね。

この感覚を、生活のその他のことにも少しずつ広げていけたらいいですよね。まあお勉強をしたり部活動に入ったりといったことになると、かなりハードルが高いので難しいですけど、歯磨きとかお風呂とか、習慣になってることって普通は(あるいは比較的に)そうじゃないことより精神的なエネルギーや意志力、気力をいちいち振り絞らなくても取り組める分だけ消耗しないで済みます。

流れや活動が完全に止まってしまうとかえって淀んでしまう

じゃあどうすればそんな風に…って話なんですけど、こないだの休息についての話とはちょっと逆になっちゃいますけど、ななさんの場合はもしかしたら、活動がなくて停止してしまっていること、流れが作れずに淀んでしまっていることが問題なのかなーって気がしました。

ほら、大きな鉄球を転がすんでも(お前は大きな鉄球を転がしたことがあるのか?というツッコミはなしでお願いします)、転がってる鉄球は定期的に少し押してやるだけで転がり続けるじゃないですか。でも一旦止まっちゃうと、それを改めて動かそうとするのにものすごいエネルギーを消耗して、かえって疲れちゃいますよね。

車なんかでも、赤信号のたびにアイドリングじゃなくてエンジンを停止して…ってやってると、また発進するときに手間も労力もよけいにかかるじゃないですか、まあ自分車運転しないんで正直わかんないんですけど、ちょっとかっこつけて言ってみたくなりましたすみません。

そんな感じで、まったく動きがない、活動が停止してしまっているというのも、いざ何かやらなくちゃとなったとき、かえって身動きを取るためのエネルギー消費が大きくなってしまう気がします。

逆に常にいいリズムで活動している人というのは、流れができているのでほとんどその流れに乗っているだけでよく、かえってエネルギー消費に無駄がなく、ほとんど疲れてなかったりするような印象があります。

気力を消費しなくてもできること発見ゲームで少しずつ活動領域を広げる

まあなかなかいきなりそこまで理想的な状態に持っていくのは難しいと思うので、とりあえず今はそれこそツイッターでも何でも、自分にできることから「あ、これくらいならできる」「これもまあできる」といった感じで、「気力を消費しなくてもできること発見ゲーム」くらいの感じで、ぽこぽこ少しずつ活動領域を広げていけたらいいのではないかと思います。

まあ実際にはなかなかそんなにうまくはいかないだろうし、かなり絵空事感が出てしまいましたが、なんとかこの絵空事からでもヒントになるようなことをななさんのほうで汲み取っていただければ幸いです…ってどんだけ人任せなんだ僕は…

僕こそもうちょっとがんばらねば…となぜか僕のほうが反省させられてしまいつつ、長くなってしまったのでそろそろやめます(これ読むだけで気力使い果たしそうだし…すみません…)。

どうかななさんが全力ダッシュして息切れするでも完全に停止して淀んでしまうでもなく、ご自分にとってのちょうどいいペースを見つけられることを祈っています。願わくば完走してくれたらさらにうれしいです。またいつでもお話してくださいね!

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メッセージ

  1. なな より:

    ありがとうございます。ななです。普段こんなふうに人から自分に向けてメッセージを貰うことってないので、なんだかそれだけでとても嬉しくなります。
    相談というかただひたすら自分語りしてしまったので、返事しにくいかな、とも思ったのですが、話したかったので・・・!返事を捻り出していただいてありがとうございます笑
    人に相談した時、あまりに共感してもらえないと悲しくなるし、軽くわかるわかる、と言われてもほんとかよ!ってなると思うのですが、まつたけさんはわかってくれてる、考えてくれてる、っていう風に感じるので、なんというか、良いです。気軽に相談できるまつたけさんみたいな友達がいたらなあ。
    「流れを作るのが大切」という話でしたが、思い当たる節があるなあ、と思いました。中学生の頃なんとなく学校が嫌でめんどくさくなってしまって、1日休むと、次の日はがんばってもその次の日には遅刻、と負の連鎖に陥ることが多々あったので・・・。
    これからの高校生活ではいい流れを作りたいものです。
    私が疲れやすいのは、やっぱりいろいろと気にしすぎたり考えすぎたりしてしまうのが原因なのかなと思います。無意識に自分のことを縛ってしまうようです。安心できる場所がほとんどないので、常に警戒心フル発動せざるを得ないのでしょうか。
    あと、私もあまり家庭環境が良くないので 笑
    小さい頃親に当たり前に躾られることの多いことが当たり前にできないことが多いです。今更習慣化させようとしてるから大変なんでしょうね。
    投げ出してしまうことが多い人生(十数年やそこらですが)だったので、自分では自分に甘い人間だと思ってたのですが、それも自分に厳しい故なのかもしれませんね。んんん、自分のことはよくわからないなあ。
    死ぬ勇気もないので、なんとなく生きていこうと思います。できれば良い流れに乗りたいですね。未来のこと考えると動悸がしますね 。わたしはどんな人間になるのかな。
    改めてまつたけさん、話を聞いてくれてありがとうございました。涙を流しながら、たまに笑いながら、読ませていただきました。
    「最期に僕に出来ること」なんて・・・。成人しているまつたけさんは私なんかよりどうしようもない状態なのかもしれない。なので私個人の身勝手な意見なのですが、Twitterやブログでのまつたけさんをずっと見ていたいなあと思います。
    この前の文章よりさらにまとまりのない文章になってしまいました。笑
    これからもまつたけさんを応援してます。

    • まつたけ より:

      ななさん、ご丁寧にお返事ありがとうございます(=^・^=)

      振り絞るだけでいっぱいいっぱいでしたが、気持ちだけが空回りしてかなりの長文になってしまいました…

      読むだけで疲れさせてしまったと思います、すみません…( ;∀;)

      >死ぬ勇気もないので、なんとなく生きていこうと思います。

      はい、今はまだそれで全然いいと思います!(=^・^=)

      流れなんていつもいつも自分で作り出せることばかりじゃないし、知らないうちに乗ってることもあるかもしれません。

      心配なんてしなくても未来なんて気づいたらいつの間にか来てるし、来たと思ったらもう通り過ぎてるようなもんなので、大丈夫ですw

      僕もまだ生きることをあきらめたわけではないので、最期の瞬間まで精いっぱい無様に悪あがきしますよー!

      いつでもまたお話してくださいね!ありがとうございました!(=^・^=)

  2. チャンオーバ より:

    副腎疲労、アドレナルファティーグという状態かもしれませんね。
    ストレス回避はもちろん、食事の改善である程度ミトコンドリアがエネルギーを作れるようになると思いますよ。
    参考になれば^^

    • まつたけ より:

      チャンオーバさん、そういう症状?があるんですねー。

      体調が精神に及ぼす影響って大きそうです!

      メッセージありがとうございました!

  3. ひろ より:

    はじめまして。会社経営して3年目、43才男です。自分には借金があります。会社での借金が2000万、個人での借金が1000万です。特に個人での借金がいよいよパンクしかけています。どうしようもなく馬鹿なのは一発狙いのギャンブルに走った為金額が膨らみました。破産申請すると会社にも迷惑かけるし、死ぬか消えるかと考えてもその勇気すらない、どうすれば…

  4. 納豆クリーム より:

    はじめまして。
    記事拝見致しました。
    感謝と感動を伝えたくメッセージ失礼します。
    早く楽になりたい、死んだら楽になれるのに、
    と常に頭の1%以上は思っています。
    仕事の価値をはじめいろいろなことに意味を感じず、頑張る理由もわからないけど仕方ないからやる毎日です。人生の楽しいことはよくわかりません。人間はただの有機物とは全くその通り…^^;
    先日まで、言わないだけで、皆そうなんじゃないかと本気で思っていました。車の運転をしていて、事故に遭いそうになったとき、今ので、楽になれると思ったのにねーと言ったら、横の兄が、?!!?!といった顔をして、あ!!間違えた?と思いました笑

    この記事を読み、涙が出そうになりました。ねばならないだらけの頭です。そういえば、小さい時からずっとそうだったなあ…と。頭の中に、ねばが多すぎてオクラ里芋納豆キムチのようです。数あるねば、を減らしていけたらいいなと思いました。でも、ねば、を減らして生きていけるのかしら○○じゃなきゃだめだし……
    なんて、二言目にはねばですね笑

    ただこの記事で、少し楽になれたかもわかりません。
    ありがとうございました。
    何か、堪えきれなくなったらまた、メッセージさせていただきます。書くと違うものですね。

    ご拝読ありがとうございました。

  5. さっさ より:

    まつたけさんへ
    突然ですが私の独り言を聞いてもらえませんか?
    ただの独り言ですのでスルーでもokです。

    私は今、中学三年生です。
    学校では普通に生活しています。
    私が悩んでいるのは自分のコミュニケーション力です。
    かといって全くしゃべれないというわけではありません。
    友達はいます。
    では、具体的にどう悩んでいるのかというと自分の話がつまらないということです。
    普通に話していても楽しくない。
    私が加わることで一気に場がさめてしまうのです。
    最近では、話す=ストレス となっています。
    では、話さなくてもいいのでは?と思いますよね。
    けど学校では話さないと友達ができなくなるし、いろいろと困ります。
    コミュニケーションは将来必要なものです。
    どうしても自分のコミュニケーション力をあげたいのです。
    その対策として私は今年からキャラを変えてどんどんしゃべるようになりました。
    しかしやはり自分の話はつまらなく、去年とほとんど変わらないものでした。
    挙げ句の果て先生に、「今のキャラはお前にはあっていない。」と言われる始末です。
    笑っちゃいますよね。対策が逆効果となったのですから・・・。
    長くなってすいません。つまり私が言いたいのは、コミュニケーション力ってあげる方法はあるの?ということです。
    対策をしてもこの通り上手にできませんでした。
    もし、上げる方法があるのなら教えてください。
    お願いします!

  6. 匿名 より:

    命令形の暗示は、充分な余力がある状態で「行動を選択」する際には確かに有効だ。
    だが、エネルギー不足で事実上行動できない状況下だと凄まじい勢いで命令を繰り返し、
    それだけ実行できない悔しさ等などが発生し、更にに気を擦り減らす羽目になる。
    疲れている者に対し「~せねば」が禁句なのはそういうことだろう。
    …せめて、精神エネルギーの存在を可視化したり、
    物理、化学エネルギーのように証明できれば、研究も捗りそうなのだが。