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弱い自分や心の醜い自分をどうしたら愛せるようになるのか?

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はじめまして。ブログいつも読んでいます。
ツイッターでやりとりをしたこともないのに唐突に相談などしてしまって
すみません。趣旨に反していたら反映される前に消してください。

立ち仕事疲れすぎて帰ったらすぐ寝てしまう太郎(28)さんから「弱い自分や心の醜い自分をどうしたら愛せるようになるのか?」といった内容のコメントをいただきました。

立ち仕事疲れすぎて帰ったらすぐ寝てしまう太郎(28)さん(以下太郎さん)、立ち仕事お疲れ様ですm(_ _)mこんなにわかりやすくて名前を聞いただけで労りたくなるハンドルネームがあることに感動しました。

今回はせっかくご相談いただいたにも関わらず、アホの上に不慣れな僕のミスでブログの告知と同時にブログをバグらせアクセス不能に陥ってしまい、お返事遅くなりましたことをお詫び申し上げます。

お待ちいただいたほどの価値ある回答ができる自信はありませんが、お返事させていただきます。

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自分の醜い心を他人に見せられず人と親しい関係を築けない

いただいたご相談です。

私は幼い頃からいつもどこか心に強い怒りと憎しみを抱えていて、
にも関わらず性根の部分は弱くて卑屈でそのことを恥じています。
自分の内心の醜さを恥じているから心の奥底を他人に見せることができず
人と親しい関係を築くという事ができません。
しかし最近、自分をクズだと認めつつも最高だと思いたい、
人生も辛いことばかりだけどその辛さ自体を楽しめるような人間になりたいと思っています。
醜さを恥じる心があるだけマシと思うかもしれませんが、柔らかめに書いているだけで
心はかなり醜い方だと思います。
乱文ですみませんが、まとめますとクズな自分と辛い世界を本心から愛せるようになりたいのです。
自省の心を持つあなたの心は美しい、皆表に出さないだけで心は醜いから安心して欲しい、辛さを楽しめる人間になる必要なんてないという事以外で何かアドバイスがあればよろしくお願いします。

推敲を繰り返したんですが私の文章力では限界です。ご気分を害されたら大変申し訳ないです。

以下お返事させていただきます。

問題や悩みの核心に直面することを避けただけの安易な現状肯定

まず、こんなどこの馬の骨とも菌類ともつかないキノコに正直なお気持ちを打ち明けてくれたことに本当に感謝しております。気分を害するどころではありません。ありがとうございます。

自省の心を持つあなたの心は美しい、皆表に出さないだけで心は醜いから安心して欲しい、辛さを楽しめる人間になる必要なんてないという事以外で何かアドバイスがあればよろしくお願いします。

という部分は思わず笑ってしまいました。先回りして「いや、そういうのいいから」って回答はあらかじめ封じといてくれるとこちらとしても助かりますwご親切にありがとうございますw

多分ですが、すでに太郎さんはその手の「そんなのお前だけじゃねえよ」とか「みんなそうだよ」とか、「そんなふうに我が身を省みることのできるあなたの心こそ美しいのよ」みたいな、問題への直面を巧妙に避けただけの月並みな言葉の数々に辟易とされているのだと思います。

自分の醜さを自覚せざるを得ない人間はどう生きればいいのか

お気持ちは大変よくわかる気がします。

たしかに「いや、そんなのみんなそうだよ」って根拠もなければ確かめようもない比較や相対には何の意味もないですよね。自分のことっていうのは唯一絶対的な問題ですから。

「自省の心を持つあなたの心が美しい」とも僕は思いません。まあ持たないよりは持っている人のほうが当然好ましいんですけど、逆に僕は自省の心のカケラも持たずに、自分のことを心のお綺麗な善人か何かだと本気で思っているらしい人に、ドン引きしつつもある意味でうらやましいしすげえなって思ってしまいます。

しかし、そうは言っても僕も、おそらくは太郎さんも、すでにどうしようもなく自分自身の汚い内面性や弱さ、醜さを自覚せざるを得ない人間として存在してしまっている以上、自分には理解不能な「自分のことを善人だと本気で思い込んで生きてられる人間」共のことをいくらうらやんだりやっかんだりしたところで詮ないことですよね。

自分の心の醜さを象徴する般若面

クズではなくなるのか、クズな自分をそのまま愛せるようになるのか

まず、わかりやすさのためにざっくりと真っ二つに切り分けてしまうと、考え方の方向性としては

  1. クズな自分を改める。クズではなくなる。
  2. クズな自分をクズなままで愛せるようになる。

といった2種類があろうかと思われます。

「クズやめます、善人になります」でうまくいくなら初めからそうしてる

1の「クズな自分を改める。クズではなくなる」については、ここでいうクズとは「内心醜い心根を持っている自分」ということですから、つまりはクズでなくなるとは心根の清い善人とか聖人君子になるということと同義です。

それができるのであればはじめから僕みたいな汚れの極みみたいなキノコに話なんてしてないで、どうぞお好きになさってくださいとしか言えませんが、おそらく太郎さんもそんな路線は今更はじめから想定もされていないのではないかと思います。

嫌いな自分をどうすればそのままで愛せるようになるのか

というわけで、実際には2の「クズな自分をクズのままで愛せるようになる」という方向性で、その上でどうすればそんなことができるのか?といったことで悩まれているのだと推察いたします。

クズな自分(という言い方はあれですが、心根の醜さを自覚している自分)をそのままで愛したい。でもそんなことがどうすればできるのか?といった問題意識かと思います。

これははっきり言ってめちゃくちゃ難しいですよね。だって普通自分にしろ他人にしろ、誰かを愛したり好ましく思うっていうのは、その人の長所なり美点なりに対してそう思うわけですから。

その点「クズな自分をクズのままで愛せるようになる」なんていうのは、言い換えれば「嫌いなものを嫌いなままでどうすれば好きになれるか?」とか、「認められないものを認められないままでどうすれば認められるようになるか?」と言っているようなものですから、禅問答チックですらあります。

嫌いな自分を愛することと辛い人生を受け入れることは本質的に同じ問題

ご相談にはもう一点、「つらい世界、つらい人生だが、そのつらさ自体を愛せるようになりたい。どうすればよいか?」といったことも含まれていますが、実際にはその問題も「心根の弱く醜い自分をどうすればそのままで愛せるようになるのか」と本質的には同じ問題であるか、少なくともどちらかを解決できればもう一方も自ずと解消されている問題だと思いますので、先の問題に含めさせていただきます。

太郎さんには大変申し訳ないのですが、正直僕には太郎さんが本心では求めておられるであろう簡にして要を得た端的な答えといったものは一切提供することができません。当然といえば当然ですが、それは明らかに僕では力不足であり、手に余ること山のごとしです。

その上で、本心を打ち明けてくれた太郎さんにせめて僕にできることは、一つのアイディアとか可能性を提案させていただくことだけです。

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自分の弱さや醜さを隠そうとするのをやめてカミングアウトする

おそらく、現状太郎さんがなにゆえそんなに苦しまれているかというのは、心根の弱く醜いクズでありながら(当然ですが僕がそんなふうに思っているわけではなく、太郎さんご自身のお言葉をお借りしているだけですので失礼お許しください)、そんな自分を表には出さず、内心に封じ込めて留めておられるからかと思われます。

自分の内心の醜さを恥じているから心の奥底を他人に見せることができず
人と親しい関係を築くという事ができません。

というのも、そういったいわば本心とか本当の自分みたいなものは偽り、隠して人と接しているわけですから、当然人と親しい関係を築くということも不可能ということかと思います。

無論、表面的にはいかにも気さくに、親しげに、明るく陽気に、楽しげに人と接することすらできるかもしれませんが、実際にはそういった場合でも内心ではそれは自分を偽って笑顔を貼り付けているだけであり、いうなれば相手を騙しているのと変わらないということを、自分自身だけはごまかしようもなく知っているわけですから、いよいよ内面的な孤独と自己嫌悪を深めるだけの結果になってしまうことはすでにご存知のとおりです。

そこで僕に提案できるアイディアというのは、「自分の内心の醜さ」を、いっそのことはじめから隠したりそうでないように装ったりすることをやめてしまうということです。一言で言ってしまえばある種のカミングアウトです。

本心を隠すことでよけい世界は不安な場所に変わってしまう

この時点ですでにがっかりされているであろう太郎さんのお気持ちが痛いくらいによくわかるのですが、正直僕に言えることは自分がそうしているということくらいしかありませんので、力不足は承知の上で、簡単に説明させていただきます。

自分の内心の醜さを恥じているから心の奥底を他人に見せることができず
人と親しい関係を築くという事ができません。

という話に戻りますが、簡単に言ってしまえば、「恥じているから心の奥底を他人に見せることができない」のではなく、「心の奥底を他人に見せないでいるから恥ずかしい」みたいな話です。

隠していると、当たり前ですが他人からは太郎さんの心根の醜さや汚さは基本的にはうかがい知ることができません。そうするとどうなるかというと、まわりの他人もまた太郎さんに対してそのように振る舞い、接します。

普通、多くの人は弱みや隙を見せない相手に対し、一方的に自分の弱さや隙を見せたりはしません。その結果みんなお互いに本心では弱く醜い本音や本心を隠しながら、作り笑顔を貼り付けあっての三文芝居を演じ合う羽目になります。

そして、要するにそれがこの現実の世界です。実はみんな(ここでいうみんなとは「多くの人」くらいの意味に受け取ってください)互いにそうでありながらも、誰も自分の本心や本音を打ち明けたりしないので、自分も弱みや隙を見せるわけにはいかず、こんなに弱く汚く、醜く罪深い人間は自分だけなのだろうか?

と内心思い悩みながらますます疑心暗鬼に陥り、知人や友人と会えばとっさにいつもの笑顔を貼り付けて対応することが習い性になってしまっています。

人は本当は本音を話したいし、本心を聞かせてほしいと思っている

いや、もちろんこんな悲観的なものの見方が常に正しかったりすべてなんてことはあるはずがなく、わかりやすいように極端にシビアな見方をしただけですが、それでも少なくともこの世界や現実の人間関係にそういった側面があることは間違いないと思います。

だからこそ僕もこんな痛いコンセプトのブログを始めてしまったり、そこにこうして本音や本心を打ち明けてくれた太郎さんのお話にそれだけで感動してしまったりしているわけです。

そして多分、太郎さんがどうしてそんなことをしてくれたのかといえば、もちろん一番大きいのは太郎さんご自身の勇気なわけですが、もう一つの理由は、僕自身が自分のクズさやゴミさ加減を隠していなかったからだと思うのです。

だからこそ太郎さんは「まあどうせだめだろうけど、一応こいつになら試しに話すだけ話してみるか」と思ってくれたのではないでしょうか。

本心を打ち明けると本心を打ち明けてもらえる

何がいいたいかというと、心根の弱く汚いクズでありながら、それを隠そうとすることは、それによって享受できるささやかなメリット(他人と当たり障りなく関われる)よりも、それによって被るデメリット(まわりの人や世界への疑心暗鬼と自分だけが醜いのではないかという猜疑心や自己嫌悪を深める)のほうが大きく、しんどいのではないかということです。

太郎さんは

皆表に出さないだけで心は醜いから安心して欲しい(略)以外で何かアドバイスがあればよろしくお願いします

とおっしゃっていますが、多分これもそんなふうに字面をなぞられたところで安心なんてできるはずがないということかと思います。

それはまったくその通りかと思いますが、そんないわば最初から慰めを目的として吐かれた言葉ではなく、自分自身のどうしようもなく苦しい本心や本音を、血を吐くような思いで打ち明けられた言葉を聞くことができると、まったく印象も変わるものです。

そういった心根はまさに僕自身の心根の醜さや浅ましさを物語るものでしかないかもしれませんが、少なくとも僕自身はそういう話を聞かせてもらえたとき(あるいは勝手に聞き耳を立てて聴いたとき)、「ああ、自分だけではないのだ」という途方もない安心感を感じてそのときだけでも救われたような気持ちになることができます。

正解なんて多分どこにもないので自分で手探りで試してみるしかない

すでに申し上げたとおり、僕には「こう考えれば一発でたちまち自分のことが好きになる!」なんて即効性のある魔法の解決策は提示することはできません。「こういうふうにしてみて、その結果どうなるか様子を見てみるのはどうでしょう」という提案しかできません。

どうなるかなんて結果は保証できませんが、試しにご自身の自覚されている汚さや醜さ、弱さを隠そうとしたり、偽ったり、そうでないかのように装うことをやめてみてはいかがでしょうか。

もちろんいっぺんに「やーめた!」でやめられれば苦労はいりませんし、仮にできたとしてもあまりにも多くの不都合が生じてしまうと思うのでそれはおすすめできませんが、少しずつ、できるところ、できる相手からでいいので、隠したり装うことをやめて、むしろどんどん打ち明けたりカミングアウトしていってみればどうかと思います。

するとどうなるかというと、結果的にかえって好かれるようになる…なんて甘っちょろいことは口が裂けても言えないわけですが、当然離れていく人たちはいるにしろ、今まで接点のなかったような人たちから意外なアプローチを受けることが増えてきます。

これは僕自身のこれまでの経験から間違いなく言えることです。

これは自分でもお気に入りのツイートなんですけど、ギャグみたいになってるけどわりとリアルですw

世界と自分自身は鏡写し

もちろん太郎さんが僕に聞いてくれたのは、そんな「他人からどう思われるか」なんて話ではなく、「自分自身がどうすればこんな醜くて汚い自分を受け入れられるのか」といったことであることは承知しています。

しかし、いくら自分にとって自分の存在が絶対的だからといって、他人というものをまるで無視して、まったく無関係に自分が存在しているわけではないことも事実です。

むしろ自分が自分だと思っているものは、実は言うほど個的な存在である自分にだけよって構成された絶対的なものなんかではなく、無意識にでも他者との関係なり評価なりから鏡写しのようにして構成されているものなのかもしれません。

そう考えたとき、自分が弱い性根や醜い本心、本音を必死になって隠そうとしたり偽ろうとすることをやめてみたとき、今太郎さんが「辛い世界」と表現されている世界や、まわりの人たちがどう変わるかということ、そしてそういった世界や他者への認識の変化の結果として、他ならぬ自分自身への認識がどう変わるかということを実際に試してみてはいかがでしょう。

その結果絶対に前より自分を好きになるとか、つらい世界のつらさも愛おしく受け止めることができるようになる、なんてぬるい保証はできませんし、試しにとはいってもその結果失ったものはもう取り返せないかもしれないのであくまでご自身で選択していただくとして、どうせ今自分自身の弱さや醜さにご自覚があり、そのことで悩んでいるのなら、選択肢の一つとして考えていただければ幸いです。

現実や現象面での変化はともかく、必死になったり隠したり偽ったりしなくてよくなった分、多少なりと自分が内面的に楽になって生きやすくなったり世界の居心地がよくなったなら、もしかしたら自ずと自分のことも少しは好きになれるかもしれません。

…多分ですが「ものすごく的はずれなことを言われた…」とがっかりされている気がしてならず、そこは僕も自分の力不足が非常に心苦しいのですが、せめていつか「ああ、そういえばそんなこと言ってる奴もいたな…」くらいにでも思い出していただければ幸いです。

何かあればぜひまたお話しに来ていただけたらうれしいです。ありがとうございました。

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メッセージ

  1. 立ち仕事疲れすぎて帰ったらすぐ寝てしまう太郎(28) より:

    がっかりなんてとんでもないです!最高にニヤニヤ&興奮しながら記事を読みました!

    最近は自分をクズなまま愛せるようになれる
    自分が納得できる確固たる理屈がないかずっと考えていたんですが
    思いつかずに煮詰まっている所だったので
    とても難しい事だと言ってもらえただけですごく救われた気持ちです。
    自分を愛せるようになるために本心を出していくというのは
    分かっているようでいて無意識の部分では自分が最も避けていた事のように思います。
    例えば、せめて自分にくらいは自分の本心を見せようと
    数年前から手書きで日記をつけているんですが
    自分の心の醜さに傷つく事から無意識が自分を守っているのか
    自分が今何を思い感じているのか分からない日の方が多いですし
    本当の汚い気持ちを文字に残すのはなぜかもの凄く抵抗があって
    なんだかんだで日記にすら本心からワンクッション入ったような事を書いています。
    他人に本心を見せるという事にチャレンジしてみようと
    知り合いに紹介された後腐れの無い女性に
    ああいう奴が許せない、ああいう奴が心底憎いという話を
    ひたすら語って普通に嫌われるという電波な事をした日もあったんですが
    振り返ればその時も等身大の自分が嫌われて傷つくのを避けるために
    自分に対する保険としてこのレベルなら当然嫌われるよねとなるように
    本心よりも醜さを盛った偽物の自分として振る舞っていたように思います。
    結局自分の一番ダメな所は自分の醜さに傷つく覚悟が足りないという事なのかもしれません。まさか職場で本心を出すわけにはいかないし、ツイッターも叩かれて出鼻をくじかれそうなので、これからはできる事から少しずつ始めて行こうと思います。

    お礼の返信を書こうと思っていたのに、一体何を書いているのか分からなくなってきたので話題は変わりますが、この悩み相談システム(?)すごく良いですね。
    相談する側としてはどんな返事が返ってくるのかワクワクしてかなり楽しいです。
    他の人の相談もどんな答えがくるのか楽しみにしてます。
    今回はありがとうございました!

    • まつたけ より:

      立ち仕事疲れすぎて帰ったらすぐ寝てしまう太郎(28)さん、ご丁寧にありがとうございます。

      そう言っていただけると救われるというか、力不足なりに少しでもお役に立てたならうれしいですm(_ _)m

      あまり最初からあえて極端に走ろうとするより、というかそんな必要もないと思いますので、とりあえず今までのように必死になって隠そうとか偽ろうとする必要はない、くらいに考えて少しでも気を楽にしてもらえたらいいなーと思います。

      こちらこそありがとうございました。またいつでもお話きかせていただけたらうれしいです!

  2. より:

    死んでしまいたいと思う自分と生きたいと思う自分がいます。
    生きてても辛いことしかないだろうし楽しいことなんてあったとしても辛いことのほうが多いしやりたいこともないしなんのために生きてるのかわからなくなります。
    でも死ぬのも怖いし。
    1日1度はあー死にたいと思います。
    夜は布団に入ると考えてしまい眠れません。
    でも生きてればいいことあるのかなーって思って生きてみようかなって思うときもあります。
    なんだか毎日もやもやとした気持ちのままずっと過ごしています。
    こんなこと誰にも言えません。
    なにかいいアドバイス等あったらお願いします。

    • まつたけ より:

      。さん、メッセージありがとうございます!

      お気持ちすごいよくわかる気がする反面、それだけに正直ぜんぜんいいアドバイスなんて何も思い浮かばないんですけど、もし何かご提案できるようなことを思いついたらお返事させていただきます。

      メッセージありがとうです!m(_ _)m

  3. あまのジャッキー より:

    生きててもなーんも楽しくないと、検索してこちらに辿り着きました。
    また今日という日が終わります。
    明日はいい事あるさなんて、思えません。
    なんでこんなに生きにくいのか?
    もう何度も繰り返した自問自答を今日もしてしまいます。
    明日の朝、目が覚めなくてもいいくらいに、生きてることがつまんない私に何かコメントくださーいщ(☆▽☆щ )

  4. そら より:

    毎日死ぬ理由を探し続け、
    20年程、、、
    生きる理由も無ければ、
    しぬ理由もない。
    ただ、毎日疲れて、疲れて、疲れてる。
    裏切る、裏切られるもめんどいだけ。
    とりあえず、全てに疲れた。
    本音で話した所で何が変わる?
    どうせ離れていくだけ。

  5. そら より:

    死にたい人は皆死ねば良いと思う
    私も死に場所探すとする

  6. ネム より:

    何も楽しくもなくて、何も希望も持てなくてただ生きてます。

  7. いつかは小さな幸せを より:

    結局、生きて何になるのか。
    見つけられないまま歳を取り虚しいまま死ぬんだろうな。
    私が存在する理由は親がこの命をくれたから。
    親が悲しむから言わないだけで、こんな世界に産み落とさないで欲しかった。
    こうやって自分は悪くないと逃げてるだけなのも分かっているけど…

    世の中中身の汚い人も多くてどんな人かも知らないまますれ違うだけで気持ちが悪くなる。
    そんな汚いものがうようよいる中で生活する自分もすごく汚い。
    優しい、親切、美しいと思えた人達にまでこんな感情を向けてしまう私は本当にクズすぎる。
    世の中や自分を醜いと感じるようになってからものすごく綺麗好きになった。
    このままだと病的な潔癖症になるだろう。
    人も掃除したくなったら、私はそこで終りなんだろうな…
    ただ、他人には興味が無いくせに屑共を消したがる人には都合が良い話。
    自分の手は汚さない上辺だらけのやつら。
    便乗し自分の言葉を持たない薄っぺらいやつら。
    そんなもの見たくないのに人の言葉を探してネットやテレビをつける。
    全てにイラつき自己嫌悪に陥る。
    そうなってしまうと他人の優しさや思いやりの言葉も素直に受け取れなくなる。苦しいよ、ごめんなさいといつも思う。

    生きる理由が無いとこんなにも視野が狭くなり世界は小さくなるんだなって思います。

    汚い言葉、長文乱文すいません。
    気分を害されたら消してください。
    もやもやを吐き出せる場所お借りしました。